益田祐美子(マスダユミコ)wikiや夫・娘や年収は?映画プロデューサーの作品は?【激レアさん】

こんにちは。チョコです!

「激レアさんを連れてきた」に出演した

娘さんのために映画作りを始め、その

結果、イランとの合作映画『風の絨毯』

(2003年)を、ゼロから作り

あげてしまった映画プロデューサーの

益田祐美子(マスダユミコ)さんに

注目が集まっています。

そう簡単ではない世界に入り込んで

しまった益田さん(マスダさん)の

今現在の活躍がすごいのです。

益田さんの旦那さんや娘さんについて

のエピソードもまとめてみました。

<目次>

  1. 益田祐美子のプロフィール
  2. 益田祐美子が映画プロデューサーになったきっかけは?
  3. 益田祐美子の映画プロデューサー作品は?
  4. 益田祐美子の家族(夫・娘)は?
  5. 益田祐美子の年収は?

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益田祐美子のプロフィール

誕生日:1961年

年齢:57歳(2018年現在)

出身:岐阜県高山市

学歴:金城学院大学卒業

職歴:月刊Home Economist Wise誌記者

現在:株式会社平成プロジェクト代表取締役

株式会社平成プロジェクト代表取締役 益田祐美子さん

出典:http://www.newstokyo.jp/index.php?id=451

実家は飛騨高山で和風旅館を経営

していたということもあって、人懐っ

こい性格で気さくな方のようですね。

ただの主婦ではなく、大学大学の卒業

論文が商品研究大賞を受賞したり、

新婚旅行費用のために応募した

通産省エネルギー大賞でも優秀賞を

受賞というスーパーウーマンだったの

です。

目のつけどころがいいというの

でしょうか。行動力があり、地頭の

良さが結果を生み出しているのでしょう。

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益田祐美子が映画プロデューサーになったきっかけは?

娘さんのステージママだったんですね。

娘さんが小学校4年生の時に映画の

出演が決まって、その内容が不倫もの

だったようで・・。

その内容の映画に出るのは嫌だ!と

駄々をこねた娘さんに、ママが貯金で、

あなたが主役になれる映画を作って

あげるから、とりあえず頑張りなさい!

と言ったことがきっかけだそうです。

なんと貯金は3000万あったそうです。

もともと資産があったのかと思いきや、

結婚後に勤めた出版社が1ヶ月で倒産

してしまい、その後記事を書き続けた

ことで、スポンサーがつき、会社を

2年間で3000万の黒字にしてしまいます。

その株の半分をもらった時の貯金だそう

です。なんか夢のような話ですね・・

その3000万を原資に映画『風の絨毯』

を作ってしまいます。

子を持つ女性として、憧れる生き方

をされていますよね。

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益田祐美子の映画プロデューサー作品は?

2003年 風の絨毯

三國連太郎さんが出演された映画

ですね!

2008年 蘇る玉虫厨子

2011年 海峡をつなぐ光 

  王虫と少女と日韓歴史ロマン

2013年 李藝 最初の朝鮮通信使

2014年 瀬戸内海賊物語

2015年 シネマの天使

2016年 サンマとカタール

〜女川つながる人々

ハイヒール革命!

2017年 こいのわ 婚活クルージング

2018年 一陽来復 Life Goes On

2019年 ソローキンの見た桜

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益田祐美子の家族(夫・娘)は?

益田祐美子さんの映画には、あの

三國連太郎さんが出演されている

んですね。

その三國連太郎さんが、益田さんの

ご主人がすごい!と感謝するようにと

言っていたそうです。

もともとはご主人も岐阜の方のよう

ですね。忙しくなった益田さんに

代わり、買い物や料理はもちろん、

休みの日は掃除までしてくれたそう

です。

娘さんは益田さんの最初の映画の

オーデションはあえて受けることは

なく、裏方でサポートに回ったそうです。

そんな娘さんの姿に感化されたの

でしょう。ご主人はとても協力的だった

そうです。

そんなご主人と娘さんあっての益田さん

なんですね。

60歳までは株式会社平成プロジェクト

で頑張り、その後は飛騨高山に帰る

そうです。その時には、ご主人孝行

できそうですね。

益田祐美子の年収は?次のページへ!

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